■ I STAND ALONE - 雑記、徒然■

 


「マカロニを殺したやつ」

 初めて視聴した「太陽」の作品が、第65話「マカロニを殺したやつ」でした。
既にマカロニが殉職して、ジーパン刑事が活躍する頃でしたが、この「マカロニを殺したやつ」ではマカロニ殺しのホシをあげるというストーリーを通じて、70年代の世相を反映したイメージの数々を映し出し、一見するとジーパン刑事をほったらかしな程、マカロニ殺しのホシへの怒りを爆発させる一係の面々が描かれていました。
 藤堂、山村、野崎、石塚、島の5名のそれぞれの葛藤が描かれた「太陽」全作中でも指折りの傑作です。
その中でも特に気になったのは石塚や山村の回想の中で語られるマカロニの存在。
まるで70年代の若者の象徴とでも言えるようなその扱いに大変興味を持ちました。


「マカロニ 街を走る」

 そして、視聴する機会に恵まれた「太陽」第1作。「マカロニ刑事登場!」
長野洋氏における人物紹介とテーマ紹介を丁寧にこなした本作の中では、萩原健一氏演じるマカロニのスタイリッシュさ(それは、カッコ悪さも含めて)に目をみはるものがありました。
 石塚の拳銃への思いや藤堂、山村のマカロニへの叱咤激励等は、日本テレビ得意の「青春ドラマ」の香りをさせながらも、PYGによるロックバンドのBGMとマカロニのスタイリッシュさが、ただの「青春ドラマ」ではない雰囲気を作り出していました。
 しかし、「太陽」が基本フォーマットを築いて、まさに刑事ドラマの金字塔と呼ばれるようになるまでは、ジーパン刑事やテキサス刑事の登場を待たねばなりません。
 マカロニ刑事編はやはり、番組草創期の荒削りさや、テレビ映画として統一感の無い印象を受けます。


「そして、愛は終わった」&「愛するものの叫び」

 「太陽」が名作へと化け出すのは、第20話「そして、愛は終わった」作家・市川森一氏の「太陽」デビューがキッカケではないかと思います。
「そして、愛は終わった」がロックバンド「PYG」の集大成であるという私の持論は、別のページに書かせて頂いていますが、それを踏まえなくとも、萩原氏の沢田氏射殺後の取り乱した名演技。(隣にいるベテランの下川氏をも食ってしまう迫力)
 なにより映画的なモンタージュを重ねる、甘いフィルムの映像美の数々。
どれをとってみても、これはまさにテレビが作った映画です。
 また、少し後になってから「太陽」へ参入された作家・鎌田敏夫氏も「愛するものの叫び」という“映画”的な世界観を作っています。
 この作品はデイブ平尾氏の「僕たちの夜明け」の劇中使用や松田優作氏のプレ出演(萩原氏と唯一の共演)などが話題になりがちですが、注目すべきは犯人である女を追って走るマカロニの姿に思い出がフラッシュバックする演出。
そしてそこに、たたみかける「衝撃のテーマ」のドラムソロの美しさにあるのではないでしょうか。

 この2本の存在は、「太陽」全体を通しても異色であり、後期の作品群には無い芸術性の高い作品と言えます。

 20話 そして、愛は終わった  / 市川森一
 35話 愛するものの叫び    / 鎌田敏夫
 36話 危険な約束       / 市川森一
 41話 ある日 女が燃えた    / 鎌田敏夫
 46話 黒幕は誰だ       / 鎌田敏夫
 52話 13日金曜日マカロニ死す / 小川英

 上記を並べても、マカロニ編後期における傑作のほとんどが鎌田氏、市川氏によって作り出されていることが分かります。
「太陽」が年数を重ねる毎に、面白みがかけていったという印象を持っていらっしゃる方々も多くいらっしゃるようですが、それは演技者の能力によるところではなく、市川氏や鎌田氏らの偉大な作家陣が年々「太陽」を離れていったことが原因ではないでしょうか。

もし、ラガーのラブロマンスを鎌田氏が書いていたら…
もし、マイコンの苦悩を市川氏が書いていたら…
名作はもっと生まれたように感じます。


マカロニ刑事はカッコ悪かった

 「太陽にほえろ!」というドラマの時代性や萩原健一氏という俳優さんの必要性などは今までも多くの方々に語られてきた部分ではありますが、マカロニ刑事の魅力やその本質をあまり語られる方を見かけません。
 萩原健一氏のファンであれば、多くの場合は「傷だらけの天使」や80年代以降の音楽活動に着目する方が多いですし、「太陽」ファンであればテキサス編〜ボン・ロッキー編を主に語る方が圧倒的に多いです。

 マカロニ刑事は、登場した頃は本当にカッコ悪かった。それは「青春ドラマ」というカタにはめられてムズムズして拗ねている少年のような情けなさがにじみ出ていることにつきます。
 なのにスタイルだけは一人前以上にカッコよくって、口をひんまげて藤堂や山村につっかかっていくうちに、一係の面々の中でのポジションを確立し、演じる萩原健一氏も「いやいや」と良いながらも「楽しんで」いる様子が伺えるようになります。
そうなってくると必然的にマカロニ刑事のキャラクターにも良い影響を及ぼし始めるのです。
 第11話「愛すればこそ」での、山村とその奥さんの間を行き来をする姿は、マカロニ刑事というキャラクターそのものに(逆に言えばマカロニ刑事が萩原健一氏に)なっていく錯覚を覚えます。その中でも注目なのは、山村の妻とマカロニが夢の中で追いかけっこをするイメージのシーンがあります。これは、マカロニ刑事が早くに亡くした母親への追想に違いなく(マカロニと奥さんのファッションが当時から観ても古い姿になっているのは時代が過去へ遡っている象徴)そのシーンを演じる萩原健一氏には、最初に感じられたムズムズして拗ねている少年のような情けなさは感じられなくなっていくのです。

 そうすると不思議とどんどんカッコよくなっていく。あんなにキレイだった長髪がぼさぼさに乱れても、なにかを確かめるような芝居になってくる、存在がぶれなくなってくる。

 たかが「太陽にほえろ!」だけど、されど「太陽にほえろ!」

自伝で語られたように、萩原健一氏がそう悟った時、マカロニ刑事は本物になったのではないでしょうか。

 その後は、沢田研二氏を番組にひっぱったり、星由利子さんとの共演を実現させたり、森本レオ氏との親交が深まったり、番組自体を利用しながらも楽しんでいたような印象があります。
 今や出演者としては一番「太陽にほえろ!」に思い入れのない発言が多い萩原健一氏ですが、当時は「太陽」1周年記念、2周年記念パーティーに参加していたようですし、大事な経歴として受け止めていらっしゃったのではないかと願ってやみません。


「I STAND ALONE」あれこれ

2002年11月30日に開設した“通称:あいすた”でしたが、2005年頃にPCの故障とDIONとの契約切れ等のトラブルに見舞われた事により、皆様に何のご連絡も無しに閉鎖してしまう事に
なってしまいました。
そして2009年、故障していたノートPCからデータを抜き出す事に成功しました。
そこには2005年に書いた自分の文章や作りかけのコンテンツ。
皆様からの情報のメールがそっくりそのまま残っており、これはいい機会だ!とばかりに再度の開設となったわけです。


▲当時の「I STAND ALONE」TOP

以前よりご覧頂いていた方も、今回初めて当サイトを発見して下さった方にも少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




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