欠番作品 第27話『殺し屋の詩』

STORY

高層ホテルの展望レストラン


狙撃されるハリス・マーストン


現場検証をする一同

 真っ昼間、正午ちょっと前の殺人事件だった。
場所は東京都心部の一流どころの高層ホテルの、展望レストラン。
凶器はライフルで、相当な長距離からの射撃によってである。
いずれにしても大胆不敵な犯行で、世の耳目をしょうどうさせるに充分なものだった。
七曲署には即日捜査本部が置かれ、藤堂係長以下、捜査班の活動となった。
捜査陣が一応の現場検証を終えたのは午後一時ごろ、それから第一日の捜査会議となった。

「被害者のハリス・マーストンは、アメリカ国籍のイタリア人で、45歳。
二ヶ月前に観光ビザで来日し、以来ずっとあのホテルに投泊していますが、
ほとんど外出せず、食事のときに部屋を出るくらいだったようです。」
被害者についての野崎刑事の報告を皮切りに、
それぞれに持ちよった情報を交換して、今後の捜査方針を決めていく。
「電話くらい使ったろうな。」
と藤堂係長。
「一日一回くらい、男の声で電話が入ったそうです。
ボーイやメイドの話によると、かなり人目をさせていた感じですね。」
「被害者の職業と来日の目的は・・・。」

山村刑事のだれへともない質問に、島刑事が応じる。
−−−会議は淀みない。まことに見事なチームワークである。
「本庁の外事課にも資料がないんで、いまアメリカ大使館を通じて調査中です。」
まだ被害者の正体も不明だった。
それを確かめるのが第一段階である。
「ガイシャが不明ではな・・・。」
「なあに、しょせん人間のやったこと、どこかに手がかりはあるさ。」

犯人は約400メートルの距離から、一発で心臓部を撃っていた。
射角によって××ビルの屋上から射撃したものと推定された。
犯行時刻に現場は北西の風が5メートル吹いていた。
5メートルの横風のかなで、400メートルもあるのだから、射撃の腕前は神技といってよい。
「人間技じゃない。機械が化け物だ。」
「同感だ。オリンピック選手でもまず出来ない芸当だ。」

刑事連中はむろん射撃はやるし、その知識はあるから、犯人の腕前にはみんな舌をまいていた。
被害者の体内に残された弾丸の鑑定結果もわかった。
日本では市販されていない特別製のマグナム弾で、ライフルは米国製の
ウエザビーかスイス製のヘンメリー・ワルサーだろうと推定された。
一応結論としては、プロのやったことに間違いなかろうということになった。プロ、むろん殺し屋のそれだ。
「・・・これは明らかにプロの仕技だ。しかも超一流のな。そのつもりで、腰を据えてやってもらいたい。」
藤堂係長はそう結んで努力を望んだ。

それより先、現場検証の途中、マカロニには思いがけない偶然があった。
フロントの前で、見覚えのある顔を見た。
「・・・・・?。」
瞬間の疑問はすぐに解けた。洗練された服装、皮手袋、
一分の隙もない姿になっているが、五年前の記憶は確かだった。
松本隆志にまちがいない。
「松本じゃないか。」
「・・・・・?。」

相手はまだマカロニを思い出さないらしかったが、相手の記憶もすぐに蘇えってきた。
「早見・・・る」
「そうだ、早見 淳だよ。五年ぶりだな。」
「そんなになるかな。」
「ゆっくり話したいけど、いまこのホテルで事件があってね。」
「事件?、そうか、いまじゃ第一線の刑事ってわけか。」
「まあそんなところだ。ところでこんなところで何をしてるんだ。」
「泊まってるんだ。仕事に便利なんでね。仕事で三年ぶりに日本の土を踏んだんだ。
アメリカ、ヨーロッパ、おれの仕事場は世界中さ。」
「さすがだなあ、昔からなにをやってもピカ一のお前だったけど。
・・・いけねえ、おれもう帰らなきゃ、いずれまたくるよ。」
「ああ、いいとも、部屋は302号室だ。」
「それじゃ。」

マカロニは同僚たちを追って、ホテルから去って行った。


封筒を焼き捨てる松本
そのマカロニの背へ、松本は苦笑いしながらひとりごちた。
「早見 淳か・・・相変わらずだな。」
どこか小ばかにした表情だったが、二、三歩歩いて俄かに松本の表情は強張って、
背広の内ポケットから紙封筒を出すと、その中身をあらためはじめた。
中身は一枚の写真とタイプで打ったメモで、写真には、中国人・林秀全と記してあった。
そうして林の住所と事務所の所在地も・・・。松本は写真を確かめると、ライターでその封筒を
焼き捨ててなにごともなかった足取りでフロントからキイを受取り、エレベーターの方へ歩いて行った。

マカロニと松本は他ならぬ、警察大学時代の同級生だった。
それが、松本は卒業と同時に警察界を捨てた。
お互いものの考え方にはかなりの相違があって、それぞれ別の人生を歩む事になってしまった。
良い悪いではなくて、そうなることが運命だったのだ。
それにしても、現在の二人はひどく隔たりのある暮らしのようだった。
松本はまだ自分の生活について語っていないが、一流ホテルの宿泊人であり、
世界中を飛び回って“仕事”をしているらしい。
マカロニがひとりの刑事として地道な生活をしていることにくらべれば、月とすっぽんほどにちがう。
たまたまの邂逅にも、マカロニはコンプレックスを覚えずにはいられなかった。
刑事という職業を決して卑下している訳ではないが、なにがなし萎縮していた。
“あいつにはとてもかなわない”、とういう意識を、どうすることも出来ないのだった。

事件の日から三日目、マカロニはホテルに松本を訪ねていった。
「松本様はチェックアウトされました。」
「ええ・・・?。」

マカロニは緊張した。早くも宿替えしてしまったというのだ。
だが、マカロニの緊張は考え過ごしからのものだったようだ。
松本はちゃんとメモを残していて、移り先の『Aホテル』の場所を伝言してあった。
Aホテルには松本がいて、機嫌よく迎えてくれた。
「やあ、待っていたんだ。入れよ。」
「驚いたな、こんな豪勢な部屋、見たことねえや。」

ソファ、ジュータン、何一つとってみても、超一流のものだった。
「あそこ、料理が良くない。こっちのほうがコックの腕がいいらしい。」
松本は問わず語りにチェック・アウトの理由を語った。
すぐにブランデーが出た。
「ずいぶん豪勢な暮らししているようだが、お前なんの商売してるんだ?。」
「タバコ・・・タバコの仲買さ。このタバコってやつ、原料の値動きが激しくてね、
巧くやりゃ株なんかよりよっぽどもうかるんだ。」
「警察大学出身のブローカーか、かなわねえなあ・・・。」

マカロニのなにがなしの慨嘆だ。
「どうせ一度しかない人生だ。稼げる時に稼いで、好きなように暮らさないとな。
お前だって、刑事の安月給じゃ、うまいものひとつ食べられないだろう。」
「まあ、ね・・・。」
「世間には、一流の生き方と二流の生き方がある。どっちを選ぶかは本人次第さ。」
マカロニが身を起こした。チョット聞き捨てに出来ない持論だ。
「刑事は二流だっていうのか?。」
「まあそう怒るな。これがおれの正直な意見だから仕方ない。」
「・・・・・。」
「この世界はな、人より優れたやつが楽しめるように出来ているんだ。例えば、、
いまお前が一流社会へ入っていったとして、みんなと対等に交際できるかい?。恐らく出来ないだろうな。」
「・・・・・そんな自信はないさ、でもな、警察官が二流人間の社会だってのは、言い過ぎだろう。
おれにも、お前に勝てる事くらいあるぞ。何でも俺より優れていると思っているのは、思い上がりだ。」
「そうかな・・・。」


ポーカーで勝負する二人
酔いが覚めたのであろう。やや子供じみた対抗意識が、ふたりをおかしな競争へ誘っていった。
先ず手始めが玉突きだった。
マカロニが真剣な顔でキューを繰り出している、が、玉は思うように走ってくれない。
「ちくしょう。」
「玉突きってやつは単純な遊びだ。突く角度、強さ、距離・・・、
つまり簡単な力学計算さえ身につければ、誰にでも出来る。・・・。」

幼児に教えるように言いながら、操る松本のキューさばきは、とてもマカロニの及ぶところではない。
憮然として、マカロニは黙り込み、しばらく考えていたが、
「ようし、ポーカーでいこう。」
「いいとも・・・。」

松本は自信満々、マカロニの挑戦を受けた。
ホテルの部屋に戻って、のみながらカードをひねくる。
「ちくしょう。」
これもどうも分がなく、マカロニは舌打ちばかりしていた。
「よし、もう一回。」
「いいのかい、明日仕事があるんだろう。寝ぼけまなこじゃホシを逃しちゃうぞ。」
「いいから、いいから。」

ポーカーも一度も勝てないうちに、窓から明けの色が見えはじめてきた。
「いいかげんで諦めな。コーヒーでも飲もうか。」
「いらん・・・、そうだ、お前、射撃の腕は凄かったけ、このごろやってるか。」
「たまに猟をやるくらだ。」

松本の表情は変わらない。


射撃場の的を狙撃する淳

松本の言葉に疑問を抱く淳
―――舞台は早朝の射撃場へ移っていった。むろん、マカロニの挑戦だ。
「これだけは負けないぞ。警察では勝てなかったが、いまは俺の方が現役だからな。」
「・・・・・だろうな。」

先ずマカロニがライフルを構えた。
引鉄が引かれ、轟音が轟いた。
「どうだい。」
マカロニの標的はほぼ中央に命中していた。
今度は松本の番だ。
双眼鏡を目にあててマカロニは弾痕を見ていて、あっ、と思った。
松本の玉は計ったように標的の中央を射抜いていた。
一発、また一発、松本の弾はおなじ穴に射込まれてゆく。
「もういいよ。わかったよ。お前さんにゃ、とても勝てねえや・・・。」
刀折れ矢尽きた感じでマカロニは降参してしまった。
もう、ちくしょうともいわない。
なんだか、わざわざ恥をかくために淳は努力していたようだ。
「どうだい、五メートルの横風の中で、400メートルの距離から、
人間の心臓を一発でぶち抜く事が出来るか?。」
「タバコの仲買人に、妙な質問だな。でも、たぶんできるだろう、一流のプロだったらな。」
「銃は何を使うんだ?。」

「ウエザビー、あるいはヘンメリー・ワルサーかな。」
なにか、ピーン、と張り詰めたものが、問い、答える中に感じられた。
もちろん、マカロニの中には殺しの犯人としての松本が、根強く意識されはじめていた。
会いに来ていた目的が、180度の変化をしていた。もう松本は、5年前に別れた警察大学同期生ではない。
「弾丸・・・?。」
「・・・・・特別製の、ロング・マグナム・・・うんと、重たいやつだな。」

それをいう松本の表情には、とくに変わったところもない。


松本を疑う淳



マカロニはどす黒い疑問を抱いて、Aホテルから出てきた。
考え考え歩く足は遅かったが、きゅうに速くなった。
夕べは一睡もしなかったが、これから警察大学まで行くつもりだ。
松本隆志の成績証明書を借りる為に・・・。
藤堂係長は笑いながら言った。
「凄い、これじゃマカロニ、お前が勝てないのも無理ないな。」
マカロニは頭を掻いた。自分から成績証明書まで用意して、わざわざ恥の上塗りをしていることになったからだ。
「ボス、この松本が、マーストンと同じホテルに泊まってた。ね、なにかあると思いませんか・・・。」
「あわてるな、射撃の腕前だけで松本を犯人と決める訳にもいかんだろう。」
「それはそうですが・・・。」
「なんといっても警察は証拠第一主義、そいつの蒐集が我々の仕事の大半だ。警察学校で教えられたろう。」
「わ、か、り、ました・・・。」

マカロニはもう松本を犯人と決めかかっていた。マカロニは自分の第六感を信じている。
「まあいいさ、マカロニ、お前の好きにやってみろ、納得するまでな。」
「本当ですか、ボス。」
「ああ。」

マカロニは嬉しそうだ。
藤堂係長がこういう事を言うことはめったにない。
とかくやり過ぎる血の気の多いマカロニを、押さえる事は度々あったのだが―――。
どこへ行くつもりか、マカロニは張り切ってデカ部屋から飛び出しかかって、ふと踵をかえした。
「ボス、デカって商売は一流ですか、それとも二流ですか?。」
「バーカ、そんなことを言ってるうちは三流だよ。」
マカロニが出て行ってから、島刑事が石塚刑事に話し掛けた。
「マカロニが昔の友人を疑っているのは、よくよくのことらしい。
マーストンがやられたとき、松本も同じホテルにいた。それが、ホテルを変えた・・・。」
「俺もそのことを考えていところだ・・・。」

横から藤堂係長が、
「新しいホテルに第二の標的がいるってことになりそうだ・・・。」

その晩から、Aホテルの張り込みが始まったことはいうまでもない。
その目が、挙動不審の中国人風の男を捕らえたのは、夕食後数時間ほとたってからであった。
刑事たちは知らないが、男は林秀全、松本のメモの中に記されていた男だ。
林は、四方に目を配り、まるで転げるように乗用車に乗り込んだものだった。
「おかしい、尾行しよう。」
「よし。」

野崎、石塚の両刑事が自分たちの車に急ごうとしたとき、それより一瞬早く、
一台の高級車が音もなく動き出し、林の車のあとについた。
「松本だ・・・。」
ふたりの刑事は息を呑んだ。
もう口をきく必要もない。
林−松本−ふたりの刑事、と、二重の尾行が始まるのだった。
三者三様、それぞれちがった立場と目的を持って、つかず離れず、夜の街を走って行く。
曲り、飛ばし、ある時は止まり、奇怪な同一行動をとっている。
ちらっ、ちらっ、と林の顔も刑事たちの目に映る。
「頬っぺたに手をやってる。しきりに・・・。」
「どうしたのだろう。」

一方、冷静そのものの松本。
ハンドルさばき、背姿でそれがわかる。
林の車の動きはいやがうえにも奇怪だった。
まるで無目的にどちらへでも走る。
夢遊病者の動きのようにつかまえどころがないのだ。
「おかしい?。」
「松本に気づいて、逃げているのだろう?。」
「そうも見えないようだか」

ふたりの刑事はしきりに首をひねった。
この調子では林は、一晩中こうして走っているつもりかも知れなかった。
もっともふたりの刑事には、林は林と分かっている訳でもない。
ただ挙動不審、松本が尾行する相手として、つけてきているだけだ。
「お、停まったぞ・・・。」
林の車がとあるビルの前で停まり、松本もスピードを緩め、刑事の車もそれにならった。
見ていると、挙動不審の男は、頬に手をやりながら出て来て、ビルの中に入っていった。
巧みに間をおいて、松本も同じビルの中に入って行った。
と、背後から声がかけられて、二人の刑事はギクッとした。
「ぼくですよ。」
「なんだマカロニか、びっくりするじゃないか。」
「うしろも気をつけておかないと駄目ですよ。ゴリさん、長さん。」
「まいったまいった、ずっとつけていたのか。」
「Aホテルからここまで。」

意外!、三重の尾行行動だったわけだ。
「お前、先頭の男知っているのか。」
「むろん・・・。」

マカロニは少々胸を張った。
伊達にうろついているわけではない、といいたいところだ。
「米国籍の中国人、林秀全。最初のホテルは殺しの現場。
移ったのがAホテル、つまり、松本の動きとまったく同じですよ。」
「林は松本に狙われていることを知っているのかな。」
「知らないでしょう。ただ、殺しがあって、自分が狙われていることは分かって、
慌ててホテルを変えたんでしょう。殺されたマーストンと林はつながりがあるんですから、
身の危険はわかるはずです。」
「なるほど、どうやらマカロニのほうが詳しいようだな。それで、このビルに何しに入ったんだ。」
「歯、歯ですよ。ひどい虫歯で林の奴、我慢できなかったんですよ。」
「そうか、どうりで・・・。」
ふたりの刑事はうなずいて、ビルを仰ぎ見た。5階の窓に、歯科医院の看板が出ていた。
「すると林は危ないわけだ・・・。」
「でも、いまはやらないでしょう。ライフルも持っていませんからね。」
「問題はいつやるかだ。」
「松本がライフルで狙っている時、・・・我々が狙う時ですね。」
林と松本はおよそ一時間ほどしてビルを出てきたが、もう松本は林を尾行しなかった。
どうやら松本は目的を果たしたものらしい。
3人の刑事は5階の歯科医院を訪ねて、林が明日の今ごろまた治療にやってくることを確かめた。
問題の時間はあと一日。
勝負をつける時が迫ってきている。
そのための用意をしなければならない。
「マカロニ、お前はなお松本の動向に注意していろ。
出来ることなら、松本のそばにいた方がいい。
相手になめられているのが、かえって好都合じゃないか。」
「なんだか、おかしな気分だな。・・・おれ、けなされているんだな。たしか・・・。」
「頼むぞ、俺たちはボスに報告して明日に備える。」
「わかりました。せいぜい松本にまたご馳走でもしてもらいましょう。」
「油断してドジを踏むなよ。」
「そちらも・・・、いまの尾行みたいにうっかりしてちゃダメですよ。」
「こいつめ!」

マカロニが夜のAホテルへ松本を訪ねたとき、松本は不在だった。
「松本さんはずっとお出かけです。」
ボーイの言葉を聞いたとき、逃げたかな、と思ったが、
「もうそろそろお戻りになるでしょう。」
とボーイが付け加えた。
「ロビーで待たせてもらうよ。」
いま松本が不在だということは、あの歯科医院からまっすぐホテルに帰らず、何処かに寄り道をしているということだ。
こんな事ならずっと尾行は相手に気づかれるおそれもあって、そうなれば大きな捜査の支障になる。

ライフルに弾を込める松本
マカロニがロビーで待っているその時間、松本はとある東京の町の、ビルの地下二階にいた。
その町の地上は、まるで外国人の町のようだった。兵隊、バイヤーたちと日本人女たちで、いつも賑わっている町だ。
“東京租界”の別名がある町だが、なるほどと思われる。
地下二階には秘密の銃砲店があった。
ちゃんと射撃場までついていた。
「できてるか?。」
松本が、そこにいる老人にいった。
「へえ。たった三時間で銃身を18センチも長くしろなんて注文は、初めてですぜ。」
老人はひとくせもふたくせもありげな様子で、暗にねだるものをねだっている。
「それだけのものは払うよ。」
「へへへ、そういうわけじゃ。」

暗い追従笑いが、人気のない部屋に乾いた響きを立てた。
「弾は?。」
「これに・・・。」

弾薬ケースを運んできて、松本に手渡した。
射撃場の中央には人間の標的が立っていた。
それを、松本は慎重に狙う。
耳をつんざく銃声。
しかし、その音は防音装置の部屋からはもれない。
「お見事で。」
標的の心臓に穴があいていた。
「注文の弾は?。」
「この前より少し重たくって、と、ご注文でしたね。」
「うん・・・。」

松本は弾を掌にのせて、重量を計っていたが、それをポケットにおさめてから、カバンを開いた。
「ほらよ。」
無造作に、ドル紙幣をつかみ出して、そこに置いた。
「こりゃどうも・・・。ときにあんた、そんなゴツイ弾で、いったい何を撃つんですか。」
「500メートル先の10円玉さ・・・。」

あとは何も言わず、松本は地下室を出て行った。

そんなことがあったとは神ならぬ身のマカロニが知る由もなく、
松本がホテルの玄関に姿を見せると、笑いながら近づいて行った。
「やあ、待っていたんだ。ちょっと遊びに来たんだ。」
「そう、まあ入りなよ。」

松本の部屋にはブランデーが用意してあって、二人は飲みはじめた。
「どう、いつかのコロシ、巧くいってるか。」
「それが太平洋が間にあるんで、なかなか思うようにはいかん。」
「そうか、それはあいにくだな。」

その実、マーストンと林の素姓はアメリカ側の協力で割れていた。
どちらもアメリカの犯罪組織の人間で、仲間を裏切ったことでアメリカにはいられず、前後して日本に潜入してきたのだ。
その裏切り者を追ってきた殺し屋が、松本、ということになるのだが、その証明をつけるのはまだ先のことになるらしい。
マカロニはそのつもりで来ているから、なかなか腰を上げない。
「俺、夜には強いんだ。一晩や二晩眠らなくても、へえーちゃらさ。」
「でも、明日の勤めにさしさわるぞ。」
「平気、平気、どれ、もう一杯もらおうか。」

松本はつとめて平静をよそおっているが、いつもとはちがっている。
マカロニには目でそれとわかる。
彼の目はたえず動いているのだ。
「デカはやっぱり二流だな。こういうホテルでこういうブランデーはとうてい飲めんよ。
一生の思い出に、たっぷりいただいてこう。」
「ああ、いくらでも飲んでくれ。飲みつぶれないようにな。」

(ふん、なにをいってやがる。ねばりっこなら負けんぞーーー二流のデカでもな。)
マカロニは腹のなかでうそぶいた。
松本の焦り方で、明日なにが起こるかマカロニには想像できた。たしかに明日やる気でいる。
予想される時間までにはたっぷり一日あるが、慎重な松本のことだから、
その一日をどう費やすか、細かいプランが立ててあるにちがいない。
そのプランの中には、招かざる客、早見 淳のことなど入っていなかったであろう。
それだから松本の態度の中には焦りが現われているのである。

一方、藤堂係長もまた明日へ綿密な計画を立てていた。
すでに、歯科医院と併立する位置にあるいくつかのビルはチェックし、実地にその場を調査してある。
ところがここに問題があった。
歯科医院の窓を狙えるビルは、多くのビルのうち三つに限られたが、
その一番近いビルがゆうに500メートルは離れていることだった。
「果たしてあのビルから撃つとして、命中するものだろうか?。」
という疑問だ。命中させ得ないとしたら、犯行はないであろう。できないことをあえてする筈がない。
「まさか、ヘリを飛ばしてその上から狙うなんてことは・・・。」
「いや、そういう可能性もあるぞ。」

藤堂係長は突飛な意見が出ても笑わず、一応、本庁にヘリがすぐに出せるよう手配しておくように、と命じるのだった。
松本がどのビルを利用するかという点については最後まで問題になった。
屋上から歯科医院内を狙えるビルは三つに限られるが、その中のどれを選ぶか?。
あるいはもっと別のビルにするかもしれない。
そうかといってあまり大袈裟な警戒網を敷いては、最初から松本はこないかも知れない。
そうなればまた彼の検挙は長引いてしまう。
結局、三つのビルを遠巻きに囲むように、他のビルに望遠鏡をもった見張員をおき、
発見者の通報連絡によって、松本のいるビルを包囲することとなった。
かくて、その日も更けていった。
歯科医院の診療は午前10時からだが、そのころにはもう、捜査員の配置は終わっていた。
ところが松本が出発したというホテルからの連絡がなかなか入らない。
張り込みがついていたのだが、巧く逃げられてしまったのだ。
「うすのろめ!、いいからこちらへこい!。」
報告を受けた藤堂係長がカミナリを落としてから20分ほどしてAホテルから、
「林が外出したので尾行中・・・歯科院に向かっている模様。」
の連絡がきた。林の方は予定通り動いているのだ。
藤堂係長は数名の部下とともに覆面車で歯科医院近くの道路上に在って、
八方からの情報を受理し、それぞれ判断を下して命令していた。
・・・松本はどこへ・・・?。
捜査陣の神経はその一点に凝集していた。
巧みにホテルを出たやり口からして、大警戒網の中で林が射殺されてしまうような失態も予想されて、
藤堂の眉もピリピリしてきた。
林の診療開始は午前11時前後という予想で、ほぼ20分ほどで診療は終了する。
その20分間が勝負だった。
捜査陣はその時間直前までに松本を発見して、ライフルを持った所持現行犯として押さえなければならない。
警察はーーー、日本の警察の特質は犯人を殺さないところにある。
真に止むを得ない事態にならない限り、警察官側から撃つようなことはしない。
歯がゆいほどにその伝統は守られてきているのだった。


松本を確認し激走する淳


林の診察室を狙う松本


揉みあう松本と淳

マカロニが、昨夜の睡眠不足で赤い目をしながら、愛車を駆っていた。
時々停止し、赤い目にオペラグラスを当てて、立ち並んでいいるビルを見る。
幸いよく晴れていたし、ビルの屋上に人がいるという時間ではない。
これが食後ともなるとそうではなくなるから、観察も厄介だが、今は一点の人が動いていてもよくわかった。
マカロニはひっきりなしに時計を見、ビルの屋上を見た。
もうどこかに松本の姿が現われてもいい時間だ。
とくに、三つのビルは丁寧に見るが、人影らしいものは見えない。
「林がビルに入り、歯科医院の待合室で診察を待っている。」
という情報が入ってきた。無線が正しい発音で二度繰り返した。
標的が現われた。
後は射手の出現を待つばかりだ。
松本はとうにAホテルを出ているから、もう大分前にこの附近に到着しているはずだが、恐らくまっすぐには来まい。
回り道をし、目立たない通りを選んで目的のビルに上がるだろう。
息詰まる時間が流れ去って行ったが、くるものは、とうとう来た。
「松本らしい男の姿が大谷ビル屋上に発見。ただちに同ビルに入ります。」
マカロニの弾んだ声が何台もの車に伝えられた。
緊張は極度に高まり、一台、また一台、そっと大谷ビル附近に車は集まってきて、
10分もしないうちに、文字通り蟻の逃げる隙間もない包囲が完成してしまった。
続いてマカロニの喘いだ声ーーー。
「松本を確認。ライフルを組み立てて、大谷ビル屋上の水道タンク附近に潜伏中。」
マカロニの声は喘いでいて、ときどき途切れた。階段を駆け上ったか、
廊下を走り回ったか、とにかく尋常の動きではないらしい。
それとばかり、捜査員は車を捨てて、ビルの玄関に、非常階段に、殺到した。
屋上のマカロニは、指呼の間に松本の姿を凝視していた。
松本は弾を込め、いまや遅しと林が診察室に入るのを待っていた。

恐るべし、この大谷ビルから診察室までは楽に500メートルある。
それだけ離れた的を自信満々狙っている松本だ。
ライフルには消音器がつき、スコープもセットされて、いまは引鉄を引くばかりになっている。

マカロニはオペラグラスの倍率では鮮明さを欠くが、
診察室に人が動きはじめた気配がしたが、やはり林の診察が始まったらしい。
松本が、ライフルを構え、じっと照準しはじめた。
・・・・・よし!。

マカロニはそろそろと松本の背後へ忍び寄って行った。
気づかれるに決まっているが、半歩でも近づこうと、息を殺して這ってゆく。
胸から拳銃を引き抜いて、なお追っていった。
ピタッとライフルの銃口が停止した。

−−−いまだ!。“バァーン”と、マカロニの合図の拳銃が火を吹き、
診察室には何人かの刑事がどっと躍り込んでいった。
そのとき、ライフルが発車されたが明らかに銃口は揺れていて、命中する気遣いはなかった。
「松本・・・、とうとう正体を現わしたな、おとなしくしろ。」
マカロニは松本の身体に飛び掛かった。
「うぬ!。」
血走った目で松本はマカロニを睨みつけ、ライフルを逆に持って、マカロニを蹴り倒した。
「待て!。」
マカロニは痛みに耐えながら、非常階段を駆け降りる松本を追った。
非常階段の下にも何人かの刑事がいる筈だった。
しかし、松本のあまりの鮮やかな逃げ方についていけなかった。
頭上をヒラリと越されて、自動車までやってしまった。のだ。
「待て!、松本。」
追いすがったマカロニだったが、自動車のドアに手が触れただけで蹴ころがされていた。
「・・・・・。」
無言で、松本は鋭く目を配り、フルスピードで走り出してしまった。
「松本逃走中!、全車追跡せよ、西に向かい、東京郊外へ出る模様。」
同方向へ同じ車を追って、けたたましくサイレンを鳴らしながら、何台ものパトカーが走って行った。


工場跡の建物に潜む松本


松本の姿を探す淳

松本の車にもっとも接近しているのは、マカロニのジムニーだった。
だが、松本の操る外車のスピードは凄く、なかなか追いつかない。
ともすれば姿を見失いそうになるが、幸い交通量が多いから、松本も思うように走れない。
それを彼は無理した。
やはり逃走者の心理はプロの殺し屋にしてもどうすることも出来なかった。
東京郊外の宅地造成地。
その一帯へまぎれ込み、砂利山の中へ乗り上げてしまったのだ。
「ちぇっ。」
松本は舌打ちをして車を捨てた。
周囲は荒れ野。
ところどころに工場跡のような建物が半壊の状態で散在していた。
彼は周囲を見回していたが、もっとも近い建物のなかへ走り込んだ。
右手にはライフルが握り締められていた。
マカロニは逃げ込む松本の姿を見た。
そうして自分も車を捨てた。
どこへ潜んだか、建物の中はひっそりしていた。
「松本、出てこい!。」
拳銃を抜いたマカロニが松本の姿を探している。
「・・・ふん、ここだ、ハ、ヤ、ミ・・・。」
「・・・・・。」

マカロニは思わず首をすくめた。
マカロニの後ろの柱の影から、嘲笑は聞こえ、ライフルの銃口が狙っていた。
ダーン!
マカロニの足もとに土煙りが上がったが、危うく避けた。
「命が惜しかったら、黙って出て行け、早見・・・。」
「出て行くと思うか・・・。」

マカロニは松本が潜んでいるほうへ、歩いてゆく。
「撃つぞ。」
「撃つなら、撃ってみろ。」

ダーン!
と二発目が鳴って、マカロニの右肩が血を吹いた。
苦痛に顔を歪めて、マカロニはなおも進む。
松本の引鉄の指が、かすかに動いた。
「・・・・・!」
バァーン!
マカロニが撃つ!
生きるか死ぬかの決闘が始まった。
同じ頃、石塚刑事、島刑事、野崎刑事それぞれの乗った車が
激しいスピードでマカロニと松本のいる工場跡へ向かっていた。
「焦るなよ、マカロニ・・・。」
急カーブを曲がりきる石塚刑事の車。


全弾撃ち尽くしたマカロニは、半壊の建物の中へ隠れ、拳銃に弾を込めようとする、
が・・・ポケットにもう弾が見当たらない。
「こんどこそ、心臓を撃つぞ!。」
「・・・・・・。」
マカロニ、ジャケットを脱ぎ捨てると、決心したように走り出した。
「松本!」
ダーン!松本がすかさず狙う。
ダーン!撃ち抜かれるマカロニの足。
「うっ・・・」
その場で倒れこんで動かなくなる・・・。

そこへ松本が無言で近づいてくる。
様子をうかがう松本に、奇声をあげながらいきなり飛びかかるマカロニ
ザシュッ!
吸い込まれるかのごとくマカロニの“爪研ぎ”は松本の胸に突き刺さる
二人はそのまま倒れこむ。
「こ、これが一流の人間の死に様か松本、松本!」
「は、や、み・・・・・・」
松本はそれ以上何も言わず、薄笑みをうかべている。その顔から、みるみる血の気が引いていった。

マカロニはひざまづき放心する。
「・・・・・・二流だっていいじゃねえか。」
その語尾がかすれて消える。

やがて、撃たれた足をかばいながらジムニーに乗り込むマカロニ。
人気の無い荒れ野を、ジムニーが走り去っていく。





1週間の時が経ち、一係の一同は藤堂のデスクに置かれた1枚の警視総監賞を囲んでいた。
警視総監賞には“早見淳”の名前が書かれている。

石塚「マカロニのヤツ嬉しかないだろうなこんな物もらったって。生きるか死ぬかのせと際に、
人1人殺したなんてーのは、こんな賞状1枚じゃあわりきれないですよ。」
野崎「そりゃそうだ。あのマカロニがこの1週間一言も口を聞かなかったからな」
島「ただの凶悪犯ならいざ知らず相手は……」

しかし、藤堂係長はそれを否定する。
「だがな、こんな紙切れ1枚だが刑事にとっては最高の名誉なんだ。ほかにどんなことがある?」
「ボス!しかし、今度こそマカロニは……」

「おはようございます」
そこへマカロニが、松葉杖を突いて入って来て
藤堂のデスクにある総官賞をひろいあげると、とても喜ぶしぐさを見せるのだった。

マカロニは現在、療養休暇中である、一係を一同に押し出されて出て行く
しかし、すぐにまたもどって来て
「オレやめないですヨ、刑事。」とだけ、残して去っていった。


藤堂係長が一同をみまわして
「どうだ?総官賞、間違ってたか?」




END



◆ あとがき ◆

■ 小説版「狙撃者」

 コチラで掲載している「殺し屋の詩」のストーリーは、放送当時に発売された小説版を元に作成しております。
この小説版は脚本を原作にしているらしく、本編と若干内容に違いがあるのですが、その中でもハッキリと違いの分かる松本が封筒をライターで焼くというシーン、刺殺するシーンを本編に沿うように書きかえています。
 小説版そのままであれば、熱心なファンの方なら所有してらっしゃるだろうし、できる限り「刺殺」というマカロニの人生の大きな転機となったに違いないシーンを文章にしたかったのもあって、こんな形で公開させていただきました。

 書き変えたシーンは、ただの妄想や想像だけではありません。
スチールや当時の新聞記事の内容、などを元に“つじつま”が合うようにしています、つまりその「分かっていること」の間を埋めるような書き変えをした。ということです。


■ 刺殺シーンへよせられた多くの情報

 ラストの刺殺シーンに関しては、本放送当時にご覧になっていた方々、数名の証言を元に書かせて頂いております。
当時としては、ジュリー刺殺、マカロニ殉職についで話題となった作品だったため、特にラストシーンに関しては覚えてらっしゃる方がいらっしゃったようで、多くのメールを頂戴しました。
 貴重な証言の数々、本当にありがとうございます。

 しかしながら、やはり本編を確認しない限りはなんとも言えない部分もあります。
小説版は脚本を元に、と書きましたが、この元にしたという脚本は決定稿ではなく、準備稿だったとも考えられます。
 いくら当時のスタッフと出演者が話し合って脚本を組替えたとしても、なかなか“刺殺”という展開にはならないように思います。
放送の録音テープ、もしくは決定稿の脚本が手に入ればキチンとストーリーが書けるのですが、
今のところは、分かっていることをまとめた、大体のあらすじが分かる文章といった感覚で読んでいただければと思います。


■ 掲載のスチール等

 この「殺し屋の詩」STORYに使用している画像は、「マカロニ・ジーパン そしてテキサス」と「殺し屋の詩」予告編、
「太陽にほえろ!」関連書籍のスチール、当時の本作を取り上げた雑誌に掲載されたスチール、新聞記事などをかき集めて掲載しております。
もし、ここに載っているもの以外で、雑誌に乗せられたスチールや映像をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご連絡頂けますと幸いです。
皆様からよせられた貴重な証言を元に出来る限り「殺し屋の詩」を再現したいと考えております。





[ TOP ]