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岡田晋吉プロデューサー
ショーケンを起用したのはね。
当時、映画が下火になっていたから新人は新劇役者を使っていたんだけど、それだと芝居の感じがきまりきっちゃってたんだ。 こっちは、もっと突拍子もない、逆にいえば素人っぽい芝居がほしかった。 それで、歌手でそういう人がいないか探してたら“ショーケンが面白い”って言ってくれる人がいてね。
彼が出演した「約束」の斉藤耕一監督にも、“是非使うべきだ”と薦められたよ。
ショーケンはその頃からセンスが良かった。 視聴者が何を望んでいるかわかっていたんです。
マカロニ刑事のキャラクターはこっちで作ったけれど、ノーネクタイのあのファッションなんかは全部彼が考えたんですよ。
その彼も、撮影の二、三日前まで、どう演じるか悩んでてね。 それで、竹林進監督とふたりだけで飲みに行かせたんだ。 ショーケンは“今の芝居は嘘が多すぎる。もっと本音で演じたい”と。 監督は“それなら地でやればいい。脚本の通り演じるな”という話があって。 そこから、ショーケンが一番リアルなのは、全力疾走する姿なんじゃないかと。 以来、新人刑事はとにかく走る。 ショーケンは松田優作に“走る姿がサマになったら一人前だ”って言ってたよ。
1993年「君は『太陽にほえろ!』を見たか?」スターツブックス より
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岡田晋吉プロデューサー
最初、ショーケンには、「坊や」というあだ名がついていた。
しかし、これを知ったショーケンは、烈火の如く怒り出し、「俺は坊やではない!」と主張してきた。
「早見刑事は君自身ではなく、ドラマの中の人物だから」といくら説得しても聞き入れてくれない。 ショーケンにしてみれば、やはり早見淳は彼自身でしかないのだ。 こんな考え方も、それまでの俳優にはなかったものである。
1996年「太陽にほえろ!伝説」日本テレビ より
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山本迪夫監督
あれが終わった後に(第22話「刑事の娘」)ショーケンが「監督!」って来てね、「何?」って聞いたら 「自分の友達とあんないい役作ってさ、俺のは何?」って言われちゃったよ(笑)。
その前の「バスに乗ってたグーな人」は、「火曜日の女」が終わって一日しか間がない中でクランクインしたんで十分準備ができなかった。
今でも一番後悔している回なんですよ。ショーケンには「悪かったよ」って言ったんだけど(笑)。
でもショーケンが星由里子の大ファンで「火曜日の女」のセットに見学に見に来てたってことがあって実現したのが「バスに乗ってたグーな人」だから、ショーケンの希望を叶えた回ではあったんだけどね
2002年「刑事マガジン」タツミムック より
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岡田晋吉プロデューサー
ショーケンは我々に向かって、「ダマされたと思って大野氏を使ってみてよ」としつこく求めてきた。
それまでのドラマのBG音楽は、いずれもスタジオ・ミュージシャンによるオーケストラ演奏で製作されていた。 だが、ショーケンは「そんなのは古い!」と言って聞かない。
はじめは半身半疑だったが、あまりに熱心に薦めてくれるので、「それじゃダマされてみようか」と、彼の言葉に乗ってみた。
1996年「太陽にほえろ!伝説」日本テレビ より
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梅浦洋一プロデューサー
大野さんは、ショーケンが推薦してくれたんですよ。 それで、会って、脚本を読んでもらった。 ある日、連絡が入って、国際放映の撮影所まで大野さんが来てくれましてね。 近くの焼肉屋で、大野さんが持参したたて笛で、あのテーマ曲を吹いてくれた。 最初は叙情的に次はアップ・テンポに。 大野さんは“これなら歩く時にも、走る時にも合うと思う”と。 その場で決まりましたね。TV作品の音楽の重要性。 それを気づかせてくれたのはショーケンですね。
1993年「君は『太陽にほえろ!』を見たか?」スターツブックス より
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沢田研二
ショーケンがドラマに出るというとき、ぼくらみんなが中途半端な時代だったし何でもやってみようという時期だった。
ショーケンが芝居に進む必然性は僕には感じられなかったけど、うまくいくよう祈るような気持ちだった。 今、想像以上に良い結果が出ていると思います。その芝居も、埋づめのものではなく。 体から出てくるものを、そのままでやっている新しいタイプのものだと思います。
「太陽にほえろ!」のゲスト出演のときもすごく気を使ってくれた。 それでいて自分のスジだけはきちっと通す。いいことを言いながら仕事にみえたけど、 それだけスタッフを説得できるものをもっているし。また責任をもってやっていた。
当時のインタビュー より
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市川森一 脚本家
ショーケンがジュリーをドラマに引き出すとき、こういったんですよ。 “殺す行為と殺される側の間には、必ずホモセクシャルがないと成立しない。 最初に床を共にする女と同じほど重要なんだ。それにはジュリーしかいない”と。 ジュリーも“ショーケンになら殺されてもいい”という。 まさしく精神性ホモです。これは友情の純化した姿だと思いますよ。
当時のインタビュー より
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高橋恵子 “シンコ”
マカロニが都会的だとすれば、ジーパンが野性的というようななにかそういう違いがあるような気がします。
ファミリー探検隊 高橋恵子さんゲスト より
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小野寺昭 “殿下”
やっぱり素晴らしかったですよ。萩原さんなんかねぇ 僕らがそれまでにやってきた、芝居があるとしますよね。演技が。 彼は通り越しちゃって・・・超越してんですよ。 一緒にやっててね“うわぁ、すごいなぁ、なんでこんな芝居があるんだろ。” それで、オンエアを見たら・・・現場で見るよりもっとすごいんですよ。
マカロニ編DVD-BOX アンソロジーより
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下川辰平 “長さん”
丁度、「ゴッドファーザー」がね、封切られたんですよ。
で、それ撮影の帰りにね、ショーケンと一緒に見に行きました。階段のところに新聞敷いてね(笑) 二人並んで「ゴッドファーザー」見たこと思います。 彼は歌手だったでしょ、それで歌手から俳優になったでしょ。
たいがい普通、どっかの劇団に入って勉強するとか、個人先生に付いて演技を勉強するとか、そういうカタチをとる方が多い中に彼はね、とにかく朝から晩まで映像・・・映画。 弁当持ってね、毎日毎日映画のハシゴをやってたってぐらい。 そういう映像演技、そういうことから入ってきましたからね。
マカロニ編DVD-BOX アンソロジーより
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竜雷太 “ゴリさん”
若い人たちの歌手から出てきた人たちの、“何でこんな芝居ができるんだろうなぁ”って思うときがあるんですけど、その元祖ですね。
感受性みたいなの?それから芝居の間とかなんとか…あれは、考えてるんじゃないね。なんかこう、自分のリズムというの?
それがもう…芝居の中に入ってるんでしょうねぇ。
マカロニ編DVD-BOX アンソロジーより
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下川辰平 “長さん”
丁度アメリカでね、軒下をとおるな。危ないから。 なるべく車道側を通れ、なんかそういう話が日本のほうに入ってきました。
結局、軒下を通ると、麻薬で体力を無くして、ヨレヨレになってるのがナイフでブスっとやって、そこを目先の何ドルかをせしめて、麻薬を…だから、そういうみっともない死に方をしたい。って。
なんで、なんであんなやつに、殺られなきゃいけないのか…そういう死に方をしたい…。 戦争中、日本の兵隊さんは、“天皇陛下万歳!”と言って死んだ人もいらっしゃるけど100人が100人、天皇陛下万歳とは言ってなかったみたいだよ、大部分の人は“かぁちゃん!かあさん!”自分の母親の名前を呼んで死んでいったらしいよ。 っていう話をしたことがあるんですよ。 すごく彼はそのことに感銘を受けたらしくてね。
マカロニ編DVD-BOX アンソロジーより
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長野洋 脚本家
やっぱりショーケンは抜きん出てますよね。 彼は、『こんな台詞言えない』とかシナリオにだいぶ文句言ってたらしいけどね。
そういう意味じゃイマ風というか、屈折した若者。
それまでの役者にない、道歩いてて疲れるとそこらへん座り込んじゃったりするような、ああいう仕草。
投書なんかでね、『あんな髪の長い刑事がだらしなく座りこみやってけしからん』とか真面目な意見があったけど、そういう反応あるだけ、逆にこっちは面白いなって思ったね。 でもいまの若者なんか見てるとよくいるよね。
2002年「刑事マガジン」タツミムック より
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鎌田敏夫 脚本家
当時のショーケンの印象は『ヤンチャ坊主』かなあ。
イマまでにないタイプのスターだった。アシスタント・プロデューサーの梶山丈祐さんによれば、当時、ショーケンがもっと若い感覚のホンが欲しいって言ってたって。 だから、僕に以来がきたのが『太陽〜』に参加したきっかけだと思う。
『愛するものの叫び』の小泉一十三はたぶんショーケンが連れてきたんだ。
モデルやってた綺麗な人でしょ。 写真ぐらいでは知ってたから、面白いと思ってやりましたね。
2004年「刑事マガジン」タツミムック より
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萩原健一 俳優
※「そして、愛は終わった」に関して
あれは、刑事とかそういう肩書きを外して、一人の人間として人を殺めてしまった、
その哀しみというのかな。そういう表現は時代を考えると確かに早かったです。
ただ、あれって僕の創作なんだけど、ああいうことって実際にあったんじゃないかと
思うんだよ。表に出ないだけでね。
リアル感というのは年を重ねて変わっていきますけど、あの当時はあれがリアルだった。
どっちかっていうとカッコが悪いですよね、あれ。
※「殺し屋の詩」に関して
あの時は近藤さん、スナイパー役をやりたかったみたいです。
ー実はあの回もマカロニが犯人を殺しちゃうんですよね
そう、やられそうになって爪研ぎで刺しちゃうんだけど。それも反対されましたよ。
確かあれは台本には書いてなかったんじゃないかな?犯人を殺しちゃうというのは。
※「13日金曜日 マカロニ死す」に関して
要は、チブルスキーの死に様ね。普段もそうだけど、人間死ぬときにカッコなんか
つけてられないだろうと。だから、ボロ雑巾のように意味もなく死にたかった。
最後までカッコ悪く。
2009年「刑事マガジン Vol,8」タツミムック より
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